JAPAN HERITAGE

日本遺産「日本茶800年の歴史散歩」 JAPAN HERITAGE

文化庁認定の日本遺産「日本茶800年の歴史散歩~京都・山城~」。2015年4月24日認定、2024年度の継続審査でも認定継続と評価され、和束町からは茶畑景観や金胎寺などが構成文化財となっています。

正式名称は「日本茶800年の歴史散歩」~京都・山城~(文化庁 日本遺産ポータル STORY #009)。平成27年(2015年)4月24日に認定されました。当初8市町村で認定後、平成28年(2016年)4月に4町が追加され、現在は山城地域12市町村で構成されています。令和6年度の文化庁による継続審査でも「認定継続」と評価されました。確信度: 高

くわしい事実

正式名称「日本茶800年の歴史散歩」~京都・山城~(文化庁日本遺産ポータル STORY #009)
認定日平成27年(2015年)4月24日
追加認定平成28年(2016年)4月・久御山町/井手町/笠置町/精華町の4町を追加
構成市町村(12市町村)宇治市・城陽市・八幡市・京田辺市・木津川市・久御山町・井手町・宇治田原町・笠置町・和束町・精華町・南山城村
継続審査の結果令和3年度・令和6年度の文化庁「総括評価・継続審査」いずれも「認定継続」
和束町の構成文化財(3件)①石寺・白栖・撰原・釜塚の茶畑 ②湯船・原山の茶畑 ③鷲峰山 金胎寺(重文の多宝塔・宝篋印塔・木造弥勒菩薩坐像、境内は国史跡)
構成資産の総数文化庁ポータル掲載の構成文化財は33件(認定時はお茶の京都公式サイトで32件と紹介)

背景・意義

「日本遺産」は文化庁が認定する制度で、地域に点在する史跡・伝統・文化財を「ストーリー」として一体的に整備・発信することで、地域の魅力を伝える取り組みです。このストーリーは、京都・山城地域で育まれてきたお茶の歴史と文化を、茶畑景観や寺社、製茶にまつわる史跡を通してたどるものです。和束町では、扇状に広がる石寺・白栖・撰原・釜塚や湯船・原山の茶畑景観、山あいに佇む鷲峰山金胎寺が、その歴史を伝える構成文化財として登録されています。

文化庁による継続審査の結果(令和6年度)

評価区分項目評価
Ⅰ. 計画目標の達成総合評価(観光客数等の目標は未達だが、地域の誇り醸成等は概ね達成)
Ⅱ. 取組内容組織整備
Ⅱ. 取組内容戦略立案
Ⅱ. 取組内容人材育成
Ⅱ. 取組内容整備不可
Ⅱ. 取組内容観光事業化
Ⅱ. 取組内容普及啓発・情報発信
Ⅱ. 取組内容総合評価

令和6年度(2024年7月23日発表)の文化庁「日本遺産 総括評価・継続審査」において、本ストーリーは 「認定継続」と結論づけられました。お茶の京都DMOを中核とした受入体制、 「宇治茶ムリエ」育成、観光ループバス事業、宇治茶のプレミアムブランド化、小中学生向け 「キッズ茶ムリエ検定」、オンライン宇治茶ムリエ講座などの取組が評価される一方、 「整備」の項目では観光客の滞在時間増加についての実績測定が課題として指摘されました。

物語の内容

ストーリーは、中国から伝来した茶が京都・南山城の地で独自に進化し、 「抹茶」「煎茶」「玉露」という日本茶を代表する3種類すべてを生み出した800年を たどる物語です。

  • 13世紀 — 明恵上人が宇治で茶の栽培を開始
  • 15世紀 — 足利将軍家の評価を受け、「七名園」で最高級の露地茶を生産
  • 16世紀 — 覆下栽培により、濃緑色で旨みの強い抹茶が誕生
  • 18世紀 — 永谷宗円が「宇治製法」を開発し、現在の流通量の約8割を占める煎茶が誕生。玉露も普及
  • 明治期 — 輸出需要の拡大にともない、山間部で「山なり開墾」が進み、和束の急傾斜茶畑のような独特の景観が形成された

ご覧いただく上での注意点

  • 京都府山城広域振興局のページでは「日本遺産第1号」と紹介されていますが、これは全国で「通し番号1番」という意味ではなく、制度が始まった平成27年度(第1期)に認定された18件のうちのひとつという意味です。
  • 「稲八妻医師茶園」を和束町の構成文化財とする記述も一部見られましたが、文化庁ポータルは所在地を精華町と明記しており、和束町分ではありません。和束町分として確認できた構成文化財は、石寺・白栖・撰原・釜塚の茶畑、湯船・原山の茶畑、鷲峰山金胎寺の3件(地名としては7か所)です。
  • 令和3年度の継続審査では、「Ⅰ.計画目標の達成」が不可、「Ⅱ.取組内容」は可という評価内訳で、結果区分は令和6年度と同じく「認定地域(=認定継続)」でした。
  • 構成文化財は認定時(平成27年度)の32件から、平成28年度に宇治市・小倉地区の茶畑が追加認定されたことなどにより、現在は33件になっています(京都府公式発表による)。

出典